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引用元スレ:徳川家康は300年近くに及ぶ太平の世を築いた←これ
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1504019539/


1: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:12:19 ID:GhH
徳川秀忠「ワイは?」

2: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:12:57 ID:Mnk
300年間を生きるとかイエヨシやばいなw

3: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:13:42 ID:4Tw
真田昌幸「無能は調子乗るなよw」

4: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:17:54 ID:uGb
平安が地味に凄くね?

6: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:21:15 ID:GhH
>>4
いうほど平和じゃなくね?

8: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:26:35 ID:03S
>>6
刀夷の入寇と将門以外は基本平和やろ

11: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:29:24 ID:Ucg
>>8
こまい乱とか暗殺とかいざこざが起こってる 地方の状態もヤバかった

16: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:33:27 ID:03S
>>11
乱というより政変やろ
白河の関以北は日本か怪しいのでノーカン

19: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:35:48 ID:Ucg
>>16
自分ルールでノーカンいわれても

22: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:37:33 ID:03S
>>19
じゃあ江戸時代も蝦夷地で松前藩はずっと紛争続けてたから300年の平和は嘘やな

27: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:42:42 ID:Ucg
>>22
全国にまたがる政情不安ではないよね
言いたいことは分かるし平安が平和な時代だって印象はあるかもしれんけど事ある毎に乱起こってるしどうなのってなる

32: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:44:25 ID:03S
>>27
だったら前九年や後三年も全国にまたがる戦乱やないし奥州はノーカンでええやろ

36: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:48:44 ID:Ucg
>>32
あれで朝廷負けてたらところどころで蜂起が始まってたと考えるで

42: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:52:54 ID:03S
>>36
でも実質地方豪族と国府の対立以外のなにものでもないやろ
承平天慶の乱やって将門が新皇とか名乗ったから大事になったけどただの親戚同士の争いやし

48: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:56:16 ID:Ucg
>>42
大事になったんが重要やで
当時は血縁とか親戚ってのがやたら政治に影響するしな
地方豪族と国府の対立にしても当時の時点で朝廷の権威が磐石でなかったしな
結局将門の件についても後に武士の時代が興る遠因になったし

50: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:58:08 ID:03S
>>48
だから遠因になっただけで地方反乱の時点で鎮圧出来てるやろ

59: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:01:20 ID:Ucg
>>50
地方反乱がぼこぼこおきてる世の中って平和ですか?って話になる
江戸期はその点で平和やな 天草以降大規模反乱ないしお塩はただのテロで終了やし

63: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:02:55 ID:03S
>>59
お塩は大坂の町の半分焼いたんやけど

67: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:05:31 ID:Ucg
>>63
仮に成功して政権奪取とか地方独立できたと思う?
平安京がその当時世界的にみてもレベル高かったのは疑わないけど日本全体として平安時代と江戸時代と比べるってのはね

70: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:06:56 ID:03S
>>67
そりゃ成功したなら出来たやろ
全国に檄文回してて全国規模の反乱やったわけやし

78: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:13:35 ID:Ucg
>>70
まず全国じゃない 呼びかけたのは大坂市中と近在の村くらい 
あと指摘しなかったけど大阪の半分ではなくて5分の1 天満周辺やな まぁ被害が大きいのはそうやけどな
ついでにいえばお塩は幕閣に現状の対処を申請してた 別に独立だとか狙ったわけじゃない
すまんけど成功する目算もないし成功しても君がいうようなことにならない 君の話はちょっとアカっぽい人の資料から引用してるんかなと感じる

13: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:31:51 ID:GhH
>>8
中心たる平安京が荒廃してた時期がなかったか?

15: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:33:00 ID:ekE
>>13
一応反乱やしノーカンには出来んのやない?
それでも安定してたのは確かやけど

9: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:27:43 ID:1Sq
>>6
江戸時代もそれなりに荒れてる
平均で毎年10回ペースで一揆おきとるくらいやし
特に後半は酷かった

10: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:28:47 ID:03S
>>9
江戸は由井正雪と大塩くらいやろ

13: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:31:51 ID:GhH
>>9
一揆はノーカンなんやないの

5: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)00:20:33 ID:cCe
たまたま外人が来なかっただけやん

21: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:37:23 ID:V6k
>>5
オランダだかポルトガルだかは来てたんちゃう?

12: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:30:13 ID:ekE
家康が徳川幕府開いたのは確かやけど幕府安定させたのは家康の代では無い様な…

14: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:32:52 ID:Rg0
任期が一番長かったのって家綱だっけ?なんか4代目のイメージある

17: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:34:45 ID:03S
>>14
家斉が大御所含めて半世紀くらい実権握ってたのが一番じゃね?

18: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:35:14 ID:dBu
(100年以上も続いた戦乱を終わらせて)300年近くに及ぶ太平の世(の礎)を築いたってニュアンスだと思う

20: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:36:25 ID:GhH
>>18
100年以上続いた戦国の世を終わらせたのは秀吉だと思うんだよな
礎についても秀吉が作ったものを再利用したイメージ

23: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:37:57 ID:ekE
>>20
秀吉の統治って一代限りのワンマン経営やん?
安定した組織作ったって意味では家康の軍配なるんちゃう?

31: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:43:40 ID:GhH
>>23
確かに秀吉よりはマシな気がするけど、家康の功績なのかなあ
豊臣潰しを推し進めたり初期に大名の改易やったりしたのは秀忠だって聞くけど

35: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:46:28 ID:ekE
>>31
完成された組織作ったのは確かに秀忠やね

37: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:48:58 ID:03S
>>35
でも秀忠の時代にも大御所として実権握ってたの家康やし
秀忠は自分の私生児認知できんくて保科にやるくらいやからなあ

43: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:53:35 ID:ekE
>>37
家康の関与があったこと思うと家康の成果でもええ様に思えるんよね

62: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:02:40 ID:Ucg
>>43
ようは総合力が高かったんやろ 分かるで
まぁ勝ったもんがちやで戦国時代なんやし

30: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:43:16 ID:dBu
>>20
天下統一後ほぼ間を開けずに外征始めたし、キッチリ跡継ぎとか考えていれば家康の入り込む余地なんかなかったはずやと思うんや

34: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:46:19 ID:GhH
>>30
秀吉は農民の出で身内の層が薄いからなあ、厳しいんちゃう?
個人的に秀吉が統一した後の政権を乗っ取れたからこそ、あれだけ安定した体制を作れたんだと思うんだよな

39: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:50:42 ID:Ucg
逆に運だけで300年近い統治の基盤築いたならそれはそれで凄いと思う

43: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:53:35 ID:ekE
>>39
家康が宮廷遊泳術に長けたバランス感覚のある武将だったってことだと思うで
勿論、運も作用してるけどバランスに長けていたからこそ生き残れた訳やから

40: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:51:32 ID:GhH
運がいいだけだとは思わないし名将で能力は非常に高いんだろうとも思うけど、他の群雄と違ってたとは思わないなあ
信長についても言えるけど、天下人を特別視しすぎてるんやないか

45: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:54:31 ID:SWI
>>40
まあ君が三河一向一揆の事や大高城の小荷駄兵法その他諸々、
家康公のエピソードを知り尽くした上でそう言うならワイもなんも言えないがね

41: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:52:13 ID:Rg0
家康に運がなかったらそれこそ、三方ヶ原か伊賀越えか夏の陣で死んでそう

44: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:54:09 ID:03S
>>41
三河一向一揆で鷹匠にぬっ殺されてそう

46: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:55:53 ID:SWI
まあ確か似も売りさんの陶殺しほどの派手な謀略は無いかもしれんけども…

49: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:57:39 ID:ekE
>>46
ハイレベルでバランスがとれてるってことやない?
特化型ではないけどバランスが良いからこそ天下人になって組織の安定に寄与出来るんやと思うで

53: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:59:25 ID:SWI
>>49
君ええ事言うなぁ
出世するで
こちら謀略によってゆるキャラグランプリをとった家康くんです
no title

60: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:01:29 ID:GhH
>>49
どうかなあ
関ヶ原とか言っちゃなんだけど大坂で西軍の反乱許したのは明確な家康のミスだよね
近頃の研究見ると岐阜城落とした福島とかが尻拭いしてくれたんじゃないかって思うし

65: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:04:36 ID:SWI
>>60
?大阪の蜂起はむしろ家康サイドが煽ったのでは?

69: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:06:32 ID:GhH
>>65
予測してなかったでしょ
石田や大谷みたいな小物だけじゃなく毛利については石田や大谷なんとかしてくれって手紙送ってたし

72: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:09:16 ID:SWI
>>69
毛利の動向が読めなかったかもしれんけど、
毛利がどっちに転んでもエエようにしとったんや
毛利が来ても日和見決め込むことは知っていたはず
そうじゃ無ければあんな布陣は敷かない

76: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:12:49 ID:GhH
>>72
毛利が日和見的になったのは岐阜城陥落によって戦局が変わったからでしょ
毛利が大坂で反乱しても全然構わんってことはあり得ないし、そもそも家康が政権のトップ握ってる状態でえわざわざ反乱を誘発して叩く必要があったとも思えない

80: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:14:45 ID:SWI
>>76
わざわざ反乱誘発して叩く必要あるやろどう考えても
毛利なんか不安材料に決まっとる
それに岐阜が落ちたのだって偶然やないで

85: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:18:15 ID:GhH
>>80
そもそも家康は関ヶ原前から小早川隆景遺領問題で毛利家の内政問題に介入できてたんやで
大坂を反乱軍に制圧させるという愚まで犯してやる理由がない

87: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:19:36 ID:SWI
>>85
介入してたからこそ、解る危険というモノがある

家康がどれだけ毛利を危険視していたか、それがわかる書簡があるで
君が浜松に来たらそのレプリカを見せてあげよう

90: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:21:20 ID:GhH
>>87
危険だってわかってたなら大坂制圧させたらなおさらまずいやろ

95: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:24:15 ID:SWI
>>90
カゴ鳥戦法やで
説明すると長くなるけど、家康にとって大阪は
アウェイであってアウェイじゃないんや

豊臣残党が誰でもええ、大阪を拠点にしてくれたら占めたものや

前に誰かが書いとるけど、堺から退き口、雑賀越えの時に誰が暗躍したかを見れば見えてくるで

98: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:27:04 ID:GhH
>>95
大坂ってそんな簡単に手渡していいところじゃないから
万一秀頼周辺が反乱軍の圧力に屈して家康は豊臣家の敵であると認めた日には、家康はほとんどの大名から見放されるんやぞ
絶対に保持すべき重要拠点であって敵に明け渡していいところじゃない

101: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:30:11 ID:SWI
>>98
ほんま表しか見えとらんなぁ…
有力大名が家康を見放したように見せたのはポーズや
見放したはずの大名家、ないし西軍サイドの大名家とやりとりした書簡もいっぱいあるで
西軍は負けるべくして負けとる
そこは確固たる事実や
ビニ本とかがそのへんを捻じ曲げて面白おかしくしとるけど、
当時の書簡はキチンと物語っとる

103: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:33:21 ID:GhH
>>101
そりゃあ史実の西軍は秀頼を迎えられなかったからな
秀頼迎え入れとった日にはクソザコ毛利でも十分勝てる

104: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:34:05 ID:SWI
>>103
まるでそれも偶然かのような言い方やな…

106: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:36:13 ID:GhH
>>104
偶然ではないが、秀頼周辺が絶対に反乱軍の圧力に耐えて家康西上を待つ保証なんてどこにもないんやから、明け渡しちゃいかんやろ

109: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:37:51 ID:SWI
>>106
わかったわかった、そこは理解するつもりないんならええわもう
でも結果として家康が勝ったけどそれが全て偶然やと

117: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:44:46 ID:GhH
>>109
つまり君の言いたいをまとめると秀頼周辺はどんな外圧にも耐える家康信者揃いで家康もそいつらを信用して上杉征伐に出発して、反乱軍が大坂に大量に入ってもいいようにしたってことやろ
よく覚えとくわ、家康が反乱を誘発させたって考えは古いと思うけどな

121: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:46:11 ID:SWI
>>117
少なくとも書簡がそう言っているので、それを覆すレベルの決定的な歴史材料が無いとな

126: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:50:16 ID:GhH
>>121
そこまでいうなら家康が反乱を誘発させた証拠になる史料を具体的に示してくれよ

127: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:51:58 ID:SWI
>>126
示せと言われてここで示せるモンやないんやで
徳川家とその家臣の末裔の沽券に関わる事やから
どうしても見たいなら直接見に来てくれとしか言えん

130: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:53:48 ID:GhH
>>127
史料を写真にとって上げろって言ってるんやないで
なんの史料でそれが証明されとるんか聞いとるんや

132: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:55:36 ID:SWI
>>130
なかなかそれも危険な所をついとるんやけどね…
いろいろあるうち決定的なのはとある曹洞宗の寺社に宛てた手紙、かな

133: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:55:59 ID:GhH
>>132
それでなんて書いてあるん?

142: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:01:31 ID:SWI
>>133
あくまでもザックリ、ワイの解釈で言うとやな
「危険分子が自ずから蜂起するのを待つのは下策やんなwww」って内容に始まり

「堺衆がおるから負ける気せーへん大坂やし」って自慢話

さらに「ぶっちゃけ怖いのは黒田だけやし」って言うフラグ発言

「秀頼もワイの手の内で転がっとるわ」っていうような内容も

まあ、いちいち遠回しなのは否めない

147: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:07:15 ID:GhH
>>142
その手紙の日付がいつ頃のもので、曹洞宗の寺社の具体的に誰に送ったものなのか教えてくれる?

148: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:07:39 ID:SWI
>>147
まあそう言うと想ったけどすまん無理や

151: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:13:23 ID:GhH
>>148
そこらへん分かってないと史料としての能力が弱くなると思うんだけど
その書状は話の流れからするに君の家の家宝なのかな?

154: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:16:13 ID:SWI
>>151
元本はまたべつのところにあるけどな
少なくともその内容を自由にひけらかせる立場ではない
イチオシ、レプリカは客に公開してる
もちろんそれを写して持って帰られたりしたらたたっ斬るけど

158: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:19:59 ID:GhH
連投すまん
>>154
なるほど
元本は浜松にはないの?

159: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:22:02 ID:SWI
>>158
無いと思う
まあでも見るだけならレプリカでいいじゃん(いいじゃん)

161: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:27:06 ID:GhH
>>159
東京とか別の地域で保管されてるってことかな?
内容についても聞きたいんだけど怖いのは黒田だけっていうのはどういうこと?
関ヶ原前から黒田如水を警戒してたのかな

167: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:41:47 ID:Ucg
>>161
あるやでな 堅いかみに印刷してつくるやで

170: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:45:04 ID:GhH
>>167
良く見てみると米沢の人が作ってんだなぁ
信玄とか慶次があるのも頷ける

152: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:13:45 ID:GhH
>>148
そこらへん分かってないと史料としての能力が弱くなると思うんだけど
その書状は話の流れからするに君の家の家宝なのかな?

90: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:21:20 ID:GhH
ていうか>>72で君も書いたように家康は毛利の反乱を予測できてない、石田大谷退治を依頼してたくらいやし

47: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:56:10 ID:SWI
毛利さんな

54: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)04:59:50 ID:03S
徳さんは高天神城とるくらいまでアウェーでしか戦えなかったことも考慮しないと

57: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:00:38 ID:dBu
直近の大河の家康イメージになる
今年は知恵も機転もあるけど圧倒的経験不足から詰めや判断あやまって状況悪くしちゃう人

61: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:01:42 ID:03S
>>57
言うて
へうげものは司馬遼太郎ばりに家康のイメージ変えてそう

58: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:00:49 ID:J3d
250年やろ

64: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:03:46 ID:SWI
ちなみにワイの実家に文型があるけど、脱糞は「下垂(しもたれ)」の誤訳や
下垂は遠江の方言で兜の緖を指す
とはいえ、仮にウンコ漏らしたんだとしても、仕方ない状況やでほんま

66: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:05:30 ID:0Nt
鎖国とかいう死語

68: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:06:14 ID:03S
>>66
明治になってできた造語やから

71: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:07:06 ID:Ucg
>>66
今の子鎖国習わないって話はホントかね

74: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:10:43 ID:0Nt
>>71
2005年辺りの小中学生の教科書から鎖国という言葉はもう使われてないで

78: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:13:35 ID:Ucg
>>74
さよか 死後なんやな

79: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:13:42 ID:fVT
>>74
うせやろ
中学生ぐらいやったはずやけど普通に習ったで

81: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:14:46 ID:0Nt
>>79
それは多分社会の先生の入れ知恵ちゃうかな?

84: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:16:28 ID:fVT
>>81
教科書にも出てきたはずや

89: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:20:15 ID:0Nt
>>84
注釈ちゃうかな? 鎖国をクソデカ黒文字で表記しなくなった転轍点になったのが2005年辺りやと思うで
まあワイの記憶がガバガバやったらすまんな

91: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:21:44 ID:of3
>>89
ワイその年中学生やったけど
ばっちぇ鎖国で習ったで

96: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:24:25 ID:0Nt
>>91
こマ?
なんかすまんな

99: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:27:43 ID:fVT
>>91
せやろ?
ワイだけかと思って焦ったンゴ

77: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:13:13 ID:03S
>>71
鎖国としてやなくて海禁政策として習うんやろ
オランダや中国と貿易してたわけやから国を閉じてはない

83: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:16:19 ID:Ucg
>>77
さよか 当時はなんつってたんかな
鎖国令ってあったはずやが

73: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:10:30 ID:SWI
関ヶ原での失態らしい失態あげるなら甲州勢の動線がズボら過ぎて秀忠が割り食ったあたりか

86: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:18:35 ID:35j
2014年版の日本史B用語集にも鎖国は赤字で出てるで

88: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:19:43 ID:Ucg
『日本国において自国人の出国、外国人の入国を禁じ、又此国の世界諸国との交通を禁止するにきわめて当然なる理』という論文を、1800年頃に長崎の元阿蘭陀稽古通詞であった志筑忠雄が訳出した。
その際、あまりに論文の題名が長いことから、翻訳本文中の適当な語を捜し、『鎖国論』と題した

「鎖国令」という一個の法令があったわけではありません

はえー

92: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:22:43 ID:Ucg
なるほどなー 
つまり鎖国という言葉も鎖国令というソリッドな何かがあったわけではないのやな
ただ行動てか政策をとりまとめて後にそう呼んだと

93: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:23:23 ID:35j
というか鎖国って完全に閉ざすっていうイメージあるか?
鎖をするだけやん

94: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:24:03 ID:35j
国を鎖すて意味もあったわ

97: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:26:07 ID:Ucg
ああそうやな オランダ支那以前に琉球とアイヌも外国扱いやんな
そうなると鎖国もへったくれもないやな

100: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:28:43 ID:0Nt
鎖国の表現方法が変わったんやな
70年代の教科書は幕府は鎖国して外交を鎖し~っていう表現でまるで国を鎖して全く外交してないような表現やったんやけど
現代に近づく毎にオランダやら清国やらと貿易してたんやで~っていう表現に変わっていって
2005年辺りから外交関係についてきちんと述べられるようになったんや

105: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:35:10 ID:Ucg
>>100
はえー

102: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:30:42 ID:03S
あと士農工商とかも習わないやってね、最近は
身分制度やなくて、職分やから
四民平等とかで明治に出た括りらしい

105: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:35:10 ID:Ucg
>>102
はえー

107: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:36:49 ID:35j
あんまり関係ないけど桶狭間の織田軍に六角の兵おったってマ?

110: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:38:21 ID:GhH
>>107
そうらしいね
桶狭間も関ヶ原並みに通説覆す情報が多くてよくわからんわ

108: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:37:01 ID:Ucg
でも武士は職分やないよな
侍が職分やんな そうなると平民とそれ以外ってくくりになるんかな

120: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:45:56 ID:03S
>>108
身分としては武士は、大名、徒士、足軽…とかもっと細かい身分があった。あと直臣と陪臣とか
それと工という身分はない
農村と都市での区別は町人と村民という区別しかなく
あと平民とそれ以外(えた・非人)という差だけど、これはあくまで関八州の制度

124: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:47:33 ID:Ucg
>>120
身分はわかるんやけどそれって今で言う係長とか部長とかの役職に近いやんな
農民から武士になったヤツもそういうとこつけるし

138: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:58:36 ID:03S
>>124
いや足軽が徒士になったりは、少なくとも身分が固定された江戸中期以降はできんやろ
士の身分を買うことは出来たけど
あと非人は江戸の人別帳に記入されてないって意味やからもっと流動的
浮浪者とか罪人とか、身分制度とは言えんかも

143: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:02:58 ID:Ucg
>>138
分かる分かる うちの先祖も御家人株買った口やから
ただ階級は武士やんな 足軽とか徒士とかが固まってたのは世襲制が要因なわけで

えたひにんは身分でないのもしってる

111: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:38:34 ID:SWI
長篠の戦いは織田vs武田だと思ってそう

112: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:39:13 ID:35j
>>111
漫画日本の歴史 みたいなやつは完全に信長主役やったな

113: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:39:59 ID:SWI
>>112
記憶が定かではないけど、たしか教科書がそうなってたような気がする

115: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:41:18 ID:35j
>>113
織田徳川連合軍みたいな扱いだった気がする

116: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:42:06 ID:SWI
>>115
まあ、合ってるんだけど…合ってるんだけどさあ…

114: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:40:52 ID:SWI
あと金ヶ崎の退き口も秀吉が頑張ったと思ってそう

119: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:45:21 ID:Ucg
公家武家は階級として僧侶は職分かな
あとは何かあるんかな

122: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:47:01 ID:GhH
>>119
戦国時代では厳密に区分できるようなもんでもないやろ
誰もが自衛のために武装してた時代なんやし

124: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:47:33 ID:Ucg
>>122
江戸期の話やね

123: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:47:27 ID:SWI
四天王トリビア

蜻蛉切りは1本じゃない
これ豆な

125: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:48:33 ID:35j
話の流れがいまいちわからんけど徳川にしてみれば豊臣含め西側大名なんて邪魔でしかないんやし排除はしに行くやろ
諸大名が蜂起することも念頭に置いたうえでの上杉征伐だったとは思うが
蜂起させたら家康自身は上杉征伐目的の豊臣の正規軍なんややら蜂起側は名目上は反豊臣や

128: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:52:22 ID:GhH
>>125
排除はしてもその方法が武力による危険な博打である必要はないやろ

134: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:56:24 ID:35j
>>128
でも一度に叩けるチャンスやで?
何もなければ上杉倒したことで自分の評価上げれるし

戦をしておけば後継者にも箔が付くし
結果秀忠はアレやが…

137: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:58:26 ID:GhH
>>134
そこまでしていっぺんに叩く必要ないやろ
少なくとも家康は関ヶ原前から豊臣政権の事実上のトップだったし各大名の問題について色々と介入できる立場にあったんやから

146: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:06:50 ID:35j
>>137
でも家康って関ケ原でこそ大軍を率いてたけど長篠以降信長の手先みたいに使われたり信長死んだら今度は秀吉の配下になったりで結局大軍の総大将ってやってないやん
信長も順当に力つけて手にいれた軍やし秀吉も主君信長の敵を討った大義名分で得たもんや
家康からしてみれば”自分の”配下が必要やったんやと思うで

150: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:10:04 ID:GhH
>>146
それは前田征伐や上杉征伐を起こそうとした理由にはなるやろうけど、反乱を起こさせる理由にはならんやろ
そもそも反乱起こされること自体が世間体的に良くないし

129: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:52:57 ID:SWI
まあ、こうやって好きに言い合うのも歴史の醍醐味やしな

136: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:57:32 ID:gfu
家光って教科書だと秀忠より大きく紹介されとるけど実際秀忠の方がずっと有能なんやっけ

140: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:00:13 ID:GhH
>>136
総合的には家康の方が有能だと思うけど、豊臣家潰しとか泰平の世の布石になった行動については秀忠が積極的に推し進めたところがある

139: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)05:59:49 ID:Ucg
芝口二丁目に住む五十歳くらいの男が養女をもらった。
男はすでに女房に死に別れ、独り暮らしだった。
ゆくゆくは娘に婿養子を迎え、自分は安楽な隠居暮らしをするつもりだったのであろう。
ところが、娘が十六歳になったころから、男はその色香に迷い、寝ているところをさわったり、なでたりするようになった。
娘は悩み、近所の人に、「夜中、お父っさんが変なことをするので、もう、いやで、いやで」と、訴えた。
噂はパッと広がり、居づらくなったため、親子は文化十四年(1817)の春、浜松町一丁目に引っ越した。

男もさすがに反省したのか、娘と相談の上、婿として、神明町の伊平という駕籠かき人足を迎えた。
 しかし、婿を迎えたものの、男は娘への執着を捨てられない。
その後も、娘夫婦の房事をのぞいたり、事後の始末の紙をさぐったりといったことが続く。
娘はついに耐え兼ねて、伊平とともに家を飛び出してしまった。

あいだに立つ人があって、両者の言い分を聞いたうえで、
「娘夫婦は別居するが毎月、伊平が父親に金一分を送金する」という条件で話がまとまった。
あいだに立った人が男に懇々と説諭し、納得したかのように見えた。

 しかし、男はやはり得心できなかったようだ。
 三月十二日、男は包丁を隠し持つや、伊平の留守をねらって娘のもとに押しかけた。
そして娘を刺し殺したあと、自分も自害して果てた。

 今で言うところのストーカー殺人に近いかもしれない。
執着が憎悪に変わったのであろう。いつの世も、男と女のあいだのどろどろした部分は同じといえようか

141: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:00:27 ID:03S
身分を買うっていうのは士分の養子になるって意味な
勝海舟の祖父なんかが御家人の養子になってたりとか

144: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:06:12 ID:Ucg
足軽だのが身分やないってのは他者によって剥奪できるからという点にある
階級や職分は自分で放棄する以外に基本止めることは出来んけど 身分だけ特殊やねんな

145: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:06:45 ID:Ucg
>>144
×足軽だのが身分やない
○足軽だのが階級やない

149: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:09:13 ID:SWI
タイミング的には関ヶ原の前、福島正則に先鋒母衣を私たちにあたりだから、
岐阜攻めの前なのは確かやね

153: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:15:16 ID:Ucg
長巻かっこいいんご 日本号の大身槍かっこいいんご
no title


no title

155: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:17:11 ID:SWI
さっきカラ変換が暴走するぜ…
イチオシ×
一応○

156: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:17:26 ID:Ucg
おてぎねでっかいんごー

no title

157: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:19:05 ID:Ucg
戦国ぺーぱーくらふとみつけたんご つくるんご
http://mogamiyoshiaki.jp/?p=list&c=1858

161: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)06:27:06 ID:GhH
>>157
最上義光館なのに最上関係じゃないものもあるんやな

182: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)19:19:03 ID:ZlI
とりあえず秀忠無能にして対比で家康と家光の有能感出したろ

183: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)19:20:21 ID:Sar
犬をいじめただけで処刑される法律作る家系はちょっと…

186: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)19:27:31 ID:GhH
>>183
あいつはあいつで戦国時代の流れ引きずった世の中を平和路線に導いたって説を聞くけどな
誰か一人によって築かれる泰平の世ではないんやろな

184: 名無しさん@おーぷん 2017/08/30(水)19:21:00 ID:spq
まあ18代目徳川宗家がまだ生きてるし多少はね